発達障害とは

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発達障害

発達障害のある子と承認欲求

 人から認められたいという気持ち一承認欲求という言葉は、かなり通俗的に使われるようになりました。承認欲求という点から現代の子どもをみると、家族環境の影響等で大人から受け入れてもらえない、発達障害の特性等から周囲に承認を求めない、逆に周囲から認められようして、否定されると他罰的になる、または過剰に落ち込む、といった間題が浮かび上がります。

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1.承認欲求とは

 承認欲求とは、アメリカの心理学者アプラハム・H・マズローが用いた言葉です。マズローは、人の基本的欲求を低次から高次のものまで、五段階 に分類しました。彼は欲求を 低次のものから順に、生理的欲求、安全欲求、関係欲求 (所属と愛の欲求)、 承認欲求、自己実現欲求としています。 生理的欲求は、生命を維持するための食事、睡眠、排泄などの本能的な欲求です。安全欲求とは、経済的な安定、健康、事故などに遭わないことへの欲求です。所属と愛の欲求は、関係性への欲求と言い換えることができるでしょう。そして、承認欲求としてマズローは他者からの尊敬や、自尊心への欲求を挙げています。面白いのは、マズローが低次の欲求が満たされてはじめて、次の段階の欲求が生まれるとしていることです。この「マズローの欲求段階説」によれば、承認欲求とは、かなり高次の欲求である、ということになります。しかし、その萌芽としての人から喜ばれたい、ほめられたい、認められたい、という思いは乳児の時にすでに認められます。

2.子どもの発達と承認欲求

 マズローが言及したのは主に成人についてであり、子どもの欲求の発達という視点はなかったようです。しかし、 欲求が段階を踏んでいく、という点ではやはり発達という概念をそもそも含んでおり、示唆に富んでいます。ここ では、承認欲求に焦点を絞り、幼児期 から思春期にかけて、承認欲求がどのように発達していくかを見てみたいと思います。

第1段階 人から喜ばれたい (六、七カ月~)

 この時期の赤ちゃんは、「ダメ」の 言葉で手が止まるようになります。一方で、人から喜ばれたいと「芸」をしだします。人に喜ばれたいという気持ちの高まりは、社会性の始まりと言えます。またこれは「承認欲求」の萌芽であると言えるでしょう。この時期は身体接触を主とし、はっきりとした表情・声色で「ダメ」と「よい」を教えます。

第2段階 ほめられたい (一歳半~)

 これくらいから、子どもは「よし - 悪し」がわかってきます。大人が「マル!」とか「ピンポーン」と言ってほめると喜びます。何かができた時やいいことをした時には、同じことばや身振りでほめるようにします。 (例)「マル」「できた」「ピンポーン」 など

第3段階 大きくなりたい (二歳前後~)

 子どもは徐々に、大きいものへの憧れを持つようになります。この時期に「お兄ちゃん? 赤ちゃん?」と聞くと、「お兄ちゃん」と答えます。
(例)「お兄ちゃん(お姉ちゃん)だね」 など

第4段階 好きになりたい (三歳~)

 好きなことが違うから、人は一人ひとり違います。この時期には、子どもの好きなことを受けとめてあげるような、共感的な言葉かけがポイントとなります。 (例)「好きなんだよね」「面白いよね」 「楽しいよね」など

第5段階 勝ちたい (四歳~)

 ほかの子どもや大人との競い合いの結果を、認めてもらいたくなる時期です。「ほくすごい?」とか「早かった?」と、子どものほうからしばしば聞いてきたりします。
(例)「早いね」「いちばん」「エラーイ」 など

第6段階 うまくなりたい (四、五歳~)

 この時期から結果よりも、がんばった過程を認めることに重点をおきます。
(例)「上手になった」「すごくがんば った」など

第7段階 仲間に認められたい(小学生低学年~)

 小学生になると、両親などの大人からの評価の影響が徐々に下がっていき、友達やクラブの仲間など、子どもからの評価が大きな影響力を持つようになっていきます。この時期になると、大人の役割は、適切な子どもの集団への参加を後押しすること、過干渉を避けること、その一方で子どもの居場所を把握しておくこと、などになってきます。この時期の子どもはまだまだわかっていない社会規範も多く、そこから逸脱しないように目配りが必要だからです。

第8段階 自分をほめたい (小学生高学年~)

 また小学校の高学年になると、他者からの評価だけではなく、自分自身の内面での評価が重きを持ち始めます。自己価値感や自己評価の目覚めと言えます。この時期を迎えるためには、それまでに他者から充分に認められ、ほめられる経験をしていることが必要です。他者からの評価が内面に取り込まれることで、自己評価が作られていくと考えられるからです。ただし、ADHDの場合、これがなかなかできにくいようです。また、被虐待経験を持つ子の場合、当然親からの承認が不十分 なわけですから、この段階に達するのが困難になります。なお、マズローも承認欲求を他者からの承認を求める段階と、自分自身による自己尊重感や自己信頼感などを求める段階に分けており、前者の段階にとどまり続けることは好ましくない、としています。この 段階で大人ができる関わりの例としては、自己承認と同時に他者も承認するように促すことでしょう。真の意味での他者の承認は、自己を承認して初めてできることだと思われます。

第9段階 自分は特別? (中学生~思春期)

 思春期は自己承認欲求が肥大しがちな時期です。一時ネットで話題になった「中二病」はその典型と言えるかもしれません。ともすると「イタイ奴」になってしまうわけですが、この時期の承認欲求の試行錯誤はむしろ必要なことだとし、その重要性を強調しています。もちろん、反抗期でもありますから、この時期の大人の役割は、承認と、反社会的なこと・非常識なことへの非承認のバランスを示すことにあるでしょう。

第10段階 自己実現へ向けて(成人期)

 「終わらない思春期(斎藤環)」という指摘があるとおり、全ての大人がこの段階、つまり承認欲求の満足を経て自己実現へ、という道を歩むのかどうかは難しい問題です (マズロー自身は 自己実現の段階に至る者はかなり限られるとしています)。この時期に至れば、他者ができることは限られるでしよう。 ここで示した承認欲求の発達の順序は、発達障害のある子どもであっても 同じであると考えられます。また、さらに言えば、子どもや思春期でなく、三○代四○代の方であっても、このような段階を登っていくのだと考えさせられることがあります。上に示した時期は標準的な発達の子の場合の一つの例ですが、一人ひとりその時期は違い、承認欲求のように他者との関わりの中で生まれてくるような複雑な心の動きには、臨界期 (ある能力において、この時期までに獲得しなければそれ以降に獲得することが難しい、とされる時期)は存在しないのだと思います。遅すぎる、ということはないのです。ですから、たとえば、発達障害の子の承認欲求が、どの段階にあるのかを意識して、それに応じた対応をすることは、効果的にほめるために役立ちます。ほめることに効果が無いように思える時、あるいは同じようにほめても子どもが喜ばなくなってきた時は、ほめる事自体の効果を疑うよりも、まず、これらの段階を見誤っていないか、それに応じたほめ方ができているかを考えてみ ましょう。

3.発達障害のある子と承認欲求

 マズローの言う「所属と愛の欲求」 以上の高次の欲求は、あくまで他者との関係において成立する欲求ですから、人と関係を持つこと自体に困難が ある発達障害のある子にとっては、必ずしも自然に発生してくる欲求とは言えないかもしれません。もちろん、皆無ではないにしても、標準的な発達の子ほど強い微求としては現れてこない可能性があります。しかし、この承認という交互作用は子どもの情緒や社会性を育てるためにどうしても必要なものだとされています。ですから、むしろ承認することで承認欲求を育てていく、という視点が必要なのです。ただし、社会性を育てていくための基本的な方法そのものは、発達障害の子であっても変わりはありません。ただ、その子の承認欲求の発達の段階を見極めて、それぞれのタイミングに適した方法を取る、ということになります。 一方、安全の欲求や関係性の欲求を十分に満たすことができないまま、思春期を迎えている子もいます。発達障害に加えて被虐待経験を持つ子も多く、そのような子たちは思春期に至るまで、安全の欲求をきちんと満たしてもらえたことのない子が少なくありません。その子たちが関係の欲求や承認欲求をうまく満足させられない、あるいは大人にうまく伝えられないのは当然なのかもしれません。

4.承認激求の乏しい子  - その理解と対応

 人への興味が薄い子の場合、放って おくと社会性が育ちにくいため、「ほめられるとうれしい」という気持ちを 育てていくことが重要になります。つまり、承認欲求の乏しい子ほど、むしろ大人側が積極的に機会を見つけ出して承認することが必要なのです。特に手がかからず、一人遊びを好むようなおとなしい子の場合、大人側からの働きかけは少なくなってしまいがちです から、注意が必要です。

 自立支援施設に小学校六年生で入所したAくんは、自閉スペクトラム症の診断を受けています。両親が不仲で、家族関係が大変希薄だったことも影響してか、日常接していない人とは、ほとんど話をすることができません。生活全般に意欲が低く、全てのことを嫌々やっているかのように見えます。寮職員もなかなかほめることが見つけられないでいましたが、彼が一つだけ、強い興味を示すものがありました。出身の港町にあった海上保安庁が大好きだったのです。それを見つけてからは、職員は「海猿」のビデオを見せたり、本を紹介したり、巡視船のプラモデルを作らせたりと工夫をこらしました。特にプラモデル作りは一見不器用な彼がこんなにきれいに作れるとはと職員も驚き、寮の子どもたちも一 緒になって絶賛しました。非常にうれしそうな笑顔を見せた彼は、おそらく、これまで、承認欲求を充分に満たされたことがなかったのでしょう。その後 少しずつ生活や係の仕事に意欲を見せるようになり、時に後輩に対してリーダーシップを発揮するまでになりまし
た。

 この事例の場合、先述した承認の発達段階で言うと第4段階あたりから働きかけを始め、少なくとも部分的には 第8段階に至るまで成長した、と言えるでしょう。このように、好きなもの、得意なものを見つけ出すことは、承認欲求を引き出すための大きなきっかけとなり得ます。また、子供にお手伝いや係などの役割を持たせ、きちんとできたら充分にほめる、といったことは承認欲求を育てる上で有効です。年上や先輩であるといった「立場」を使って、大人が意識的にその立場への期待 を繰り返し口にすること、その期待に子どもが応えたら、「さすがお兄ちゃんだね」といった言葉を使ってほめることも重要です。このような「立場」は、能力等と関係なく、どの子も皆そうなれるという点で使いやすいものです。 一方、こだわりの強い子の場合、他者からの承認とは無関係に、自分自身の納得ができるまで、飽くことなく自己追求していく子もいます。そのこだわりが社会的に認められるものであれば、これはむしろ彼らの強みだと言っていいでしょう。求道者と言いたくなるようなそのあり方は、見方によっては自己承認を求める姿とも見えますが、しかし一般的な意味での自己承認とはやはり違うようです。自身の技術やその精度を向上させることそのものが目的であり、それによって結果的に得られるはずの他者からの承認や、自己承認が動因とはなっていないようなのです。これはある意味尊いことと言っていいかもしれません。このようなあり方は、大人でもスポーツ選手や職人、学者などに見られます。ほとんどの人にとって、承認欲求が成長への最も大きなモチベーションだと思われるのですが、必ずしもそうでない人もいるわけです。

5.承認欲求が一方的な子 ― その理解と対応

 承認欲求が乏しい子に比べれば、成長の段階としては上のステージにあると考えていいのでしょう。しかし、実際には、承認欲求の乏しい子よりも他者との関係はむしろ難しくなると考えたほうがいいでしょう。
小学校六年生の女の子のB子さんは、今日も寮の先生を独占しようとします。「うち、こんなことできましたよ」とほめてもらいたがります。相談に乗って欲しい、ということもあれば、先生の言うことにいちゃもんとしか言いようのないようなクレームを付けて、いきり立っていることもしばしばです。 寮の先生は、Aさんの相手をするため に自分が使える時間の半分を持って行 かれている、と嘆いています 。しかし、 それにもかかわらず、他の子が先生と 話をしているとB子さんは「あの子ばっかりずるい」「不公平だ」と言い募ります。

 この事例のようにADHD傾向を伴う子の場合、多動性や衝動性(この場合の衝動性とは、待てない、という意味です) も相まって、人との話に割り込んで、時には人の体を押しのけて、自分の話だけを聞いてもらおうとします。先ほどのAくんの例が承認欲求をいかに引き出すかが問題だったのに対して、B子さんの場合は過剰な 承認欲求をいかにコントロールするかが問題となります。承認の発達段階としては第5段階といったところでしょうか。このレベルの子に、自分の欲求が過剰であることを気づかせるのは簡単なことではありません。こうした子に、面接の所要時間など客観的な事実を伝えてもなかなか納得してくれません。このような場合、承認欲求はほとんど関係の欲求と一体であり、関係の欲求が満足されない限り、説得は功を奏さないのです。むしろ可能性があるのは、他者を評価させる試みです。他者のいいところを見つけさせることは、同時に自己を客観視する訓練になり得るからです。また、遠回りのようですが、このような子に対しては、成功体験を積ませることが必要です。過剰な承認欲求は、自己評価の低さを示すものでもあります。適切な行動をした上でほめられるという経験を重ね、それによって満足感を得ることで、不適切な承認欲求が減ることが期待できます。

 そのためには、その子の良い点、できることを探し出してでもほめることです。ペアレントトレーニングのやり方が参考になるでしょう。 また、このような子の場合、感情のコントロールが苦手な子も少なくありません。自分のことを見てもらえないと感じた時に怒り出したり、年齢が上がって小学校の高学年くらいになると、リストカットなどの自傷行為をしてし まう子もいます。こういう場合に周囲が陥りがちなのは、それを何とかして止めようとして、その子の要求を通してしまうことです。そうするとその子は、感情を爆発させると自分を見てもらえるということを学んでしまい、その方法を繰り返し使うようになってしまいます。大人側はそれを止めようとしてその子になお手厚く対応してしまう、という悪循環はあっという間に成立します。このような場合、エスカレートする前に大人が悪循環に気づ き、それを断ち切らなければなりません。「あなたが怒っているときは相手をしない」という原則を子どもに伝え、それを守ることが必要なのです。周囲の大人が一致して原則を貫くことができれば、実は意外に短期間でこのような行動が収まることが少なくありません。逆に大人が誰か一人でも原則を破ってしまうと悪循環は止まりませんから、周囲の大人がよく話し合って合意しておくことが大切です。

 このような子は大変厄介ではありますが、関係性を求めている分、それが希薄な子に比べれば、変化する可能性は高いと言えます。自分の中での承認、つまり自己承認ができるレベルになれば、事態は大きく好転することになるのです。このレベルに達する時期は、子どもによって大きく異なります。
 
 中学生年齢になっても、あるいは中卒年齢になっても、なかなかこのレベルに到達できない子もいます。その時は、その子の安全欲求、あるいは関係の欲求を満たすことができているのかをもう一度振り返ってみることが必要なのかもしれません。特に、施設の子どもの場合などで、被虐待経験がある場合、客観的に見れば安全欲求が当然満たされているように思えても、その子にとってはそうでない、ということはごく普通に起こりうることです。このような場合、発達障害の特性にだけ目を向けるのではなく、虐待によるトラウマを扱うことが必要かもしれません。

6. おわりに

 最後に、子どもを承認する個である大人に目を向けてみたいと思います。
子どもを適切にほめることを繰り返すこと、つまり承認を重ねていくと、信頼が生まれるのだと思います。メイヤロフによれば、信頼とは、相手が自らに適した時期に、適した方法で成長して行くことができると信じることです。
また、失敗を犯しても、その相手がその失敗から学ぶことができると信じることです。発達障害のある子でも、標準的な発達の子でも、大人側に必要な姿勢は変わらないのではないでしょう

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